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閑古鳥日記

劇団Studio Life(スタジオライフ)所属俳優 前田倫良さんと、ライフのみの話題を無理矢理続ける日記。

Category [【2009】LILIES ] 記事一覧

★「LILIES」岩崎組。父と子の物語。

スタジオライフ LILIES 大千秋楽神戸公演 SOURCE(岩崎・村上組)チームの話を全然していないので、こちらの話も一週間経っちゃうけどします。

今回、東京では見ていなくて、いきなり神戸で、ニイロマツシン→岩崎マツシン→岩崎村上という、何そのしりとり。みたいな見方をしたのは良くなかった・・・と思う。

正直岩崎さん、1回しかお稽古してないというトンデモミックスチームの方が良かったように見えました・・・。良かったっていうか、私が理解しやすかった。


何か昨日見た人が半分位居て、そして昨日あの小さい子を愛してた?かどうかはちょっと分からないけどすごい可愛がってたはずのシモンの目の前はいきなり大きい人に変わってて(笑)、昨日は激しく愛憎渦巻いてたお父さんが今日は何かもっと恐怖の対象に変わってて、色々混乱・・・。


見た直後にシモン役に関して思ったこと。
・岩崎さんてもしかして恋愛メイン役が基本ダメな人??
・すっかり忘れていたが、彼は「母親の欠けている家庭での父と子の愛憎(両親が揃っていた頃に夫婦間に色々壮絶なやり取りがあると尚良い)」をさせたら右に出るものはいない人だった・・・。

・そしてもうひとつ忘れていたが、岩崎さんは見た目が大人なので分かり辛いが、実の所天才子役(笑)深山さんと並ぶ、マインドとしては何才下まででも何の問題もなく下がる事のできる、要するに正しく「子ども」が出来る人なのであった。
・アル中父に虐待チックに育てられたサバイバーに見える。
・→上の二つの結果、一見ちゃんと育ってる優等生19才なんだけどどこか歪みのある、すごくバランスの悪い人に見える。変な所で突然幼かったり、怯えていたり。

・岩崎さん・・・LILIESってシモンとヴァリエが愛し合うのが一番に来てほしい物語なのですが。ヴァリエよりもお父さんの方が比重が重いってどういう事だ~。
・結果、バスタブでも屋根裏部屋でもなく、「あんたは連れていない」ていう婚約パーティが一番印象に残った。

・さらに次に印象に残ったのは対リディに対してだった。
このシモンがこのリディに思わず賭けたくなる気持ちは痛いほど分かる。

・リディが「ヴァリエにだったらもっと優しいはず」みたいな事言うけど・・・いや、多分リディに対しての方が(一般的な意味では)優しいと思います・・・。
・岩崎シモンはどんなにヴァリエが好きでも、基本的には相手が男の子だと扱いが適当というか結構乱暴である事が判明(笑)。
特に最後に屋根裏部屋に行く時の対ヴァリエへの扱いが過去シモンの中で一番優しくないです(笑)。とにかく屋根裏部屋にまずは連れていかないと!という焦りが優先。←これは対マツシンも対村上さんも同じだったがマツシンは小さい分より振り回されていて大丈夫か?とか思った(笑)。


・っていうか・・・シモンって、ヴァリエの事・・・好き?????←大前提への疑問・・・すみません・・・。

うーん。
ロミジュリの時と全く同じ事思ったんだけど。
岩崎さんの舞台の印象は、いつも、親兄弟を愛するように運命的に相手を受け入れちゃうので、恋愛的に一番ほしい所の「この人だったから!」な勢いに欠けるというか。
何かこう「博愛」方向へいく傾向があるので、「みんな好きというのは誰も好きじゃないって事では」とか結構見てて思う事がある。


あ、あと、基本的に感情が暴走しない芸風の人なので、見ていて余計な事を考える隙が入るのかも。

マツシンセッキー親子の所で書いたけど、例えば松本ヴァリエは今回の周りの環境を考えると、あそこまで何の躊躇も無く真っ直ぐひたすらシモンに向かっていけるのって何故??って後から疑問に思う。

あんまり変なお母さんじゃないし、意外とひとりでもロベルバールの町で力強く生きて行けそうな生命力きらめいてるし、だからシモンに思わずしがみついちゃう部分は皆無で・・・じゃあ好きだけで暴走できるかと言うと、ちゃんと常識ありそうだし(同性愛は罪悪なんですよ~ていう。自分が常識に従うかどうかは置いておいて、とりあえず常識と自分の立ち位置をちゃんと測れる子)、シモンがあれだけ迷って困って苦悩していたら本来のこの子ならちょっと一端引きそうな気がする。

が、見ている間はとにかく二人の激烈ラブっぷりで有無を言わせず引っぱりきってるので疑問を感じさせないで見終われる。


岩崎シモンは、ヴァリエが大切な事はすごい分かるんだけど・・・。
バスタブ場面を見てすら分からないヴァリエへの愛って・・・私が岩崎さんに持ってる何か色々予断がありすぎるのか・・・。←今まで岩崎さんの恋愛モノで、本当に恋愛してる感があると思ったのってパサジェルカだけなんだもん・・・。

岩崎さんの「愛」って台詞で言うと、昔の話ですまないが死の泉再演でちびフランツ君に「愛しているわ」って言った時と同じ位に「愛だ。愛しているヴァリエ」の「愛」が何なのか大混乱した・・・。

ああ。私が岩崎さんの「愛」を理解できる日はいつ・・・(泣)。

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ということで、SOURCEチームは、私の目には「父と子の物語」でした。

前日見たミックスチーム(ユニベール)よりも当然の事ながら、対村上ヴァリエに対してはすごい安定しているため、対マツシンのような緊迫感は無い。
結果としてヴァリエに対している時よりもティモシーに対している時の方が、より比重が高く見えてしまいました・・・。

ニイロチームが一番にシモンとヴァリエの愛があって、その次に親とかその他が出てくるのに対して、岩崎チームはまずシモンとティモシーの関係があって、そこからヴァリエとかビロドーとかその他色々が発生する印象だった。


そして問題の本来の相手役ティモシー重松さん。
シモンが演じてるのを考えると、あんなにティモシー役が上手いのはどうなのよ。というのがあるかもしれないんだけど・・・田舎の町で自慢の息子を男手ひとつで何とか育て上げた、地に足が着いている存在感がある。
本当に善良に常識を信じて、でもそれ以外を受け入れない偏屈さがあって、その範囲内で息子を愛していて、そこからちょっとでもはみ出したら激しく怒ってそう。
あと、石飛さんではいまいち分からないアル中設定が重松さんを見てるとすごい分かるので、酔いにまかせて過去様々な虐待スレスレな、本人的にはしつけをしちゃってそうな感じの人。

そういうかなり問題のあるお父さんに育てられ、何ていうか岩崎シモンの頭の中には「内なる神=お父さん」が住み着いていて、もう別に改めてお父さんが何か言わなくても、お父さんがダメって言いそうなものは全部排除していく強烈な自分基準を持っている子に見える。

本物シモンはそれ位父親を意識的にも無意識的にも恐れていたし、だからこそヴァリエを失ったと思ってる。

岩崎さんが猛烈ダメっ子過ぎなのもあって、本物シモンの思いはティモシー役時にものすごい思い入れがあるように見える。ああ、あの時何故父の鞭打ちに屈してしまったのか・・・とか、何かそういう方向に後悔している感じの。

本物シモンとして枠の外にいる時よりも、ティモシーである時の印象がすごく強い。←単に私が重松さんはティモシーの時の方が好き♪と思ってそっちを中心に見てしまっている影響ももちろんある・・・ごめん・・・。


このため奥田ビロドーは相変わらず素晴らしかったのにも関わらずいまいち今回蚊帳の外に置かれている感が(泣)。

しかも河内ビロドーは何を考えているのか相変わらず分からない(泣)。
↑冒頭だけ好き。

だから奥田ビロドーと河内ビロドー司教のつながりがやっぱり薄い・・・(泣)。


このため、本物シモンが河内ビロドー司教に見せるための物語というよりも、自分が過去にした事を追体験するための劇に全体として見えたため、ビロドーは結構どうでもいいんじゃ・・・みたいに思えてしまい、ラストをどうみて良いのか分からず終了・・・。


何か今回、どのチームも、個々ではここがすごい好き!とか、この組合せは素晴らしかった!とか、この場面!とかがいっぱいあるんだけど・・・全体としてどう見ていいのか非常に戸惑って終わってしまい、自分の中で釈然としない事がたくさん残っている・・・このため延々1週間経ってもダーラダラ感想続いている訳ですが。すまぬ。

★「LILIES」新納組。新納さん、客演してくれてありがとう♪の話。

永遠に続く スタジオライフ LILIES 神戸公演 新納組感想シリーズ。

再演を見終わった時、私は次の感想を書いていました。
「次回あるとしたら、「聖セヴァスチャンの殉教」をばちっと決めて、ヴァリエを好きになっちゃったことに葛藤して、最後にヴァリエを好きだという事を自らに認めて変化し、そして最後に「いやだ。ビロドー、絶対に」が決まるシモン希望。」

新納さんありがとーう!!
私の希望は叶いました。

正直言うと、次に上演したら分かりたいなと思っていた「保守的キリスト教徒の罪及び実際に同性愛者が投獄されるという意味での罪の感覚」が分かるLILIESというのは・・・何か今まで以上に宗教観が全然分からない話になってて、「罪」という感覚自体何かどっかいっちゃった感があったのですが・・・唯一何となく伝わってきたのが新納さんのシモンだった。

新納さんのシモンは大前提としてまずヴァリエにどうしようもなく惹かれています。が一番にある。

で、そこから例えば聖セバスチャンの殉教の冒頭お稽古場面にて、揺れ動く気持ちと、でもヴァリエが好きなんだ、という感情と、その事への後ろめたさと、それがどの位禁忌なのか自分でちゃんとわかってる事と、そしてそれは愛憎様々併せ持つ父親に絶対に知られてはならない事なんだという事が表現される。

彼がどれ位ヴァリエを好きで、でもどれ位離れないといけないと思っていて、どの位それが苦しいのか、自分にとっての真実を選ぶ事がどの位難しいのか、「聖セバスチャンの殉教」劇とちゃんとリンクして分かった。

あと今回やっぱり囚人劇とは言え、新納さんも松本さんも19才設定がちゃんとあったのがすごい良かったと思う。
大人と子どもの狭間にいる彼等の幼さともう大人である部分と、あと、彼等を取り巻く大人とのやり取りがすごく納得いった。


うーん。
でも、今回ほんっとうに私は新納さんのシモンが好きなんだけど、彼の周りにいる人々が・・・マツシンとはものすごくよかった(マツシンを引っぱりあげてくれてありがとう~)、父親との葛藤および父親役をやっているシモンへの気遣いが見られる石飛さんとも良かった・・・でも、やっぱり全体としてどう見ていいのかすごい困るチームだったのが本当に無念・・・。


新納さんは単純に形がすごく決まる!というさすがミュージカル畑の人!というのがあって、例えばすごいどうでもいいんだけど、バスタブ出てきたヴァリエへのシーツかけがものすごく上手い!(←多分マツシンが小さいからやり易いのもあろうと思うがこんなに上手にシーツかけした人初めて見た。ちょっと感動した・笑)とか、囚人としてただビロドーを睨み付けているだけで素敵!とか、あと、とにかくヴァリエを超大切に扱っているとかetc.
見てて、ライフは心情重視だから見た目の細部は結構その人任せだったりするけど、もっと型を意識してもいいんじゃないかな~と思った。

今回のLILIESでは色々と返って迷宮に入った事が多かったのだけど、新納シモンは私に新たな目を開かせてくれたのとすごく納得いった事がたくさんあって、出てくれてありがとう!!と思いました。

★「LILIES」。新納組。シモンとヴァリエの物語。

永遠に続くスタジオライフLILIES神戸公演 新納組ウダウダ感想シリーズ。

やっとシモン・ヴァリエの話。

聖ミシェル神父の所で書いたが、色々新たな謎も増えたLILIESですが、今回今までの疑問がひとつ解決。うれしい。

今までずっとシモンが最後に「お前のように勇気を見せる」と言い、二人で聖セバスチャンの殉教を叫びながら抱き崩れて行く意味が分からなかったんです。
「勇気」て火をつけることなの??とか、二人が最後を決めたのはいつ??とか。

でも今回は、冒頭松本さんから始まる「聖セバスチャンの殉教」が今までになく理解できた(というか、初めて言ってる内容がちゃんと頭に入った。今までは内容を咀嚼する余裕がなかったり、単純に滑舌や声量に問題があったりしてよく聞き取れないとかで分からなかったの・・・)。

マツシンニイロ船戸さんありがとう~!私が理解できたのはこの3人だったからだと思う。皆台詞聞き取りやすいし、今までになくどういう心境の変化でこの劇に向かっているかが表現されてたし。

やっぱりこの話は冒頭に全てが詰まってるんだなと改めて思った。
まずシモン劇団としてはビロドー司教を過去に一気に引き込まないといけないし、でもさくっと毒(見せつけキスと過去自分が受けた嫌がらせキス)を仕込んで第一ダメージを与えておきたいし。
そして観客に向かっては、彼等の人間関係と背後に何を背負っているのかと、そしてラストシーンに繋がる大切な話が語られる。

この冒頭が印象深く頭にちゃんと残ったため、その後婚約パーティに現われた時、バスタブ、そして屋根裏で繰り返される「聖セバスチャンの殉教」の二人のやり取りが、やっと全部繋がって「勇気を見せる」意味がやっと分かった。

そして結果として自分だけ取り残されてしまった事のシモンの慟哭も。

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今回、さんざん「劇団員でやるべき作品なんだ!」とか主張してきましたが、新納マツシンカップルを見て思う事は「シモンとヴァリエはどっちかは劇団員じゃない人の方がいい気が!」です・・・(笑)。

いや、LILIESはあらゆる所に光があたり別の顔を見せる作品なので、「シモンとヴァリエの恋愛」部分を強調した版が見たいなと思った場合の話。


図らずもミックスチームで醸し出された「劇中劇」感は、劇団員同士でシモンヴァリエをやると割と強調される印象があるから。
もちろん劇中劇である以上、劇中でも囚人部分が出てくるのが面白い点な訳だし、全然いい事なんだけど。
でもその場合「シモンがヴァリエをどの位愛していて、そのためにどの位苦しんだのか」の要素はちょっと弱まり、シモン役、ヴァリエ役の囚人自身の物語がもっと見えてきたり、別の要素が加わって純度が下がる。


あと単純に、マツシンヴァリエに関しては、相手は劇団員じゃない方がいい。と思った。
ミックスにて組んだ岩崎さんは特別そうなのでちょっと別枠だけど、基本的に劇団員がマツシンと組んだ場合、誰が来てもどうしても「お兄ちゃんと僕」に見えた可能性があるような気がする。いや、好きなのは分かるがそれは愛とは違う気が・・・みたいな。いつでも小公子に見える健全少年マツシンだし。普段。

松本さんはいつだって周りの空気を読み全体のバランスを取る聡明な人だけど、今回は珍しくシモンと母親以外は視界に入れずに、二人に集中してがっつり組んでいる。
しかも特にシモンに対してはひたすらド直球に愛を表現する人。
変な言い方だけど松本さんの今までの役で初めてちゃんと「恋愛してる」感が見えたんだけど、それは相手が新納さんだったから。なのではと。

新納さん本人との相性のよさもあるけど、「劇団員じゃない人」であったことがまず良かったのかなと。(まー新納さんは準劇団員ですが・笑)

今回、松本さんがヴァリエ役ときいた時点で危惧していた、マージナルの時みたいに10歳位の子に見えちゃったらどうしようとか(笑)、何かすごい健全すぎて「好き」の意味が例えば「エーリクがユーリを好き」とかと同じ方向に走ってたらどうしようとかは全く無くて、ちゃんとシモンの事が好きな18才だった。

松本さんがこれ以上ない位松本さんらしさ大全開演技だったのにも関わらず、ヴァリエとして存在していられたのは、新納さんがマツシンヴァリエを、恋愛相手としての要素以外入らない状態でがっつり引っぱってくれたおかげだと思うので、劇団ファンとして、LILIES好きとして、本当に新納さんありがとう!!とか思いました(笑)。


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ということでやっと話の中身の話ですが。

新納シモンと松本ヴァリエは、過去のどのカップルよりも恋愛純度が高くて、それ以外の要素があんまり入ってない。
(それは新納さんの周りが石飛父だったり芳樹リディだったり、松本さんのお母さんが関戸さんだったりした事の影響も大きいけど。)


今回の新納さんと松本さんは、基本的には劇中に入ったらシモンとしてヴァリエとして存在する事に集中する囚人に見えたので、初めて純粋に「ひたすら相手を好きだという事自体に悩んだり迷ったり困ったり傷ついたりする」存在に見えた。

過去キャストだと、例えばどっちかがすごい危ういために「好き」以外に「相手をこの世界に繋ぎとめる」必要があったし、ヴァリエは危ういお母さんを助けなきゃいけない分シモンに逃げてる所もあったし、酒乱のお父さんを抱え求道者のように優等生をやり続ける事に疲れちゃってたり、割と好き以外の事で忙しかったような気がする。皆。

今回、ニイロマツシンコンビを見て、初めて、シモンとヴァリエはお互いが「ただもう好き」なのが何よりも一番にあるんだ、本当に純粋に好きなんだと思った。今更だけど。
何て言うか・・・今まで見て来たLILIESのイメージとしては、二人ともまず彼等が背負う現実があって、そこから逃れるように惹かれ合う部分とかもあるんだろうな~とか思ってた。
でも今回のこのコンビの場合は「ただもう惹かれあう」のが一番で、その他の現実はそれとはまた別だったり、そこから派生したりする事なんだなと。


そして、この二人の愛が強調される事で、そこから本物シモンが大嫌いなビロドーを呼んでお芝居を見せる行為の意味や切なさがさらに強調される事に気づいた。

(が、ここですーっと繋がっていきたいシモンヴァリエビロドー&現代シモンビロドーが繋がらず混乱してるんだけど今も!)

★「LILIES」新納組。ビロドー司教に見せるための物語。

いつまでも続く(しかも未だシモンヴァリエに辿り着いてないし!)スタジオライフ本公演LILIES新納組の続き。

なお、ずーっとひたすらネタバレしているのでご注意くださいませ。


船戸さん。
はっきり言っちゃえば、初演、再演のビロドー司教(実質主役)から、聖ミシェル神父&ユー男爵へのチェンジは役としてはどう考えても下がってる。

船戸さんのビロドー司教大好きな私としては、ものすごく納得のいかない事態で、正直今回の両ビロドー司教に色々思う所のある私としては、何故にアンタがビロドーじゃないねん!!!!と思ってる。

けど・・・船戸囚人がシャっとかっこよくナイフ出してたり、舞台引込んでくると嬉々として囚人小芝居してたり、チームの一員としてすごく楽しそうに舞台に存在している姿を見たら・・・何か、船戸さん楽しそうだから何かもういい。とか、船戸さん、やっと3度目にして詩を一緒に読めてよかったね。
等とうっかり思ってしまい、船戸さんがいつもと違う景色を皆との一体感の中で楽しめたのならもうそれでいいや。等と・・・アンタは船戸さんの親か!みたいな感想を抱いてしまいました・・・。

聖ミシェル神父様は意外と真っ当に苦悩する神父様だった。
何かもっと小芝居神父とかになるかと思ってたけど。そして基本神父衣装似合います。素敵。
芸術に突っ走って後先考えない(矢の飛ばし方考えてなかったり)感じも出ててよかった。


初演再演の時は、ラストにシモンヴァリエが選ぶ行動が正直いまいち釈然としなかった。分かったような分からないような。
でも今回初めて、何度も繰り返される「聖セバスチャンの殉教」の意味と、ラストに二人が選ぶ行動とその時に「聖セバスチャンの殉教」を演じている事が、初めて一本で繋がって腑に落ちた。

それはシモンヴァリエコンビがよかったのと共に、聖ミシェル神父が冒頭で言っている内容「本当の意味で何かを信じる事が出来る人間は、勝ち得ないものをも勝ち得る」がちゃんと最後まで私の頭に残ってたからで、船戸さんが神父様でよかったと思った。

ユー男爵もダンディで素敵♪だったし。
船戸さんは基本見た目の濃さもそうだけど、西洋人が着る服がちゃんと着こなせる体の厚みがあるのがいいんだな~と華奢な人が多いライフを見ると思うのであった。


あ~でもやっぱり船戸ビロドーも見たかったよ。
私の船戸ビロドー司教見納めはあのバスタブ事件の回なんだもん。←拘ってる(笑)。←あの時の舞台上の四者四様の動きが強烈に目に焼きついてるんだけど・・・船戸さんは明らかに「はまった」らしく、死んでも顔上げない!決意みなぎる嫌がり方(笑)してて、それはビロドーが愛する二人なんか見たくない!って演技なんだろうけど、本当は今すごい笑いたいんだよね?って思っちゃったのがラストなんだよ船戸さーん。

ビロドー司教追い詰めポイントとしてバスタブは留めの一刺しなんだから、ここのビロドー司教をオペラグラスでガンガン追う!のを船戸さんだとするんだけど今回は普通にシモンとヴァリエのラブっぷりを見てて終わってしまいました・・・。

ビロドーどう反応してたんだろう・・・知りたい・・・見逃した・・・。


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全然題の話題にいけてない・・・。

ビジュアルについての話。
青木さんのビロドー司教は、老けようとする見た目を止めた方がよかったのではなかろうか。
下手に見た目老けようとした分かえって青木さんの若さが強調されてしまい、無理矢理感がUPしたように思える。


ライフは基本的にビジュアルをあまり重視しないというか、見た目での説明、表現を行わない。殆ど。
でも、その役のイメージを伝える、という衣装なりメイクなりは普通にする。(「若い女性」とか、そういう大きな枠での説明。性格とか季節とか時代とかはとりあえず無視して、その人のイメージビジュアルみたいな感じ)

そこに、実年齢が全く不明な劇団員たちが様々な年齢の役を演じるので、時々見ていて混乱する時がある。

特にLIILESは「囚人」枠があるから余計に無茶設定が多いんだけど。

何て言うか・・・「男性のみ」というせっかくの特徴があるんだから、無茶設定する時は、いっそ衣装は全員一緒、とか、全くメイクしません、とか、中途半端なビジュアル設定を止めちゃった方が返って見やすいんじゃないかな~と思う時がある。


ということで、青木さんのビロドー司教。
単体では好きです。ビロドー(役囚人)を経て7年ぶりに戻ってきただけの事はある。
・・・しかし、あまりにも別世界すぎた林さんとの断絶を壮絶に感じていた事もあって、初演を見ている私の目には、あの時のビロドーが年を取ってこうなったんだな、としか思えなくなり、余計に今回の話の中での立ち位置がよくわからなくなってた・・・。

彼が若い事が問題というわけではないと思う。
以前書いたけど、実年齢だけ言えば初演は船戸ビロドー&鶴田シモンコンビは当時20代後半で(確か)演じていて、確かに若すぎるんだけどそれでもそんなにバランスの悪さは感じなかった。(しかもこの二人は現実に10代の時を共有しているというアドバンテージがある)

今回は、見た目上青木さんは彼等よりも全然若く見えちゃう事と、周りとのバランスが悪い事が問題だったと思う。

今回初演版が復活したミックスキャスト、石飛シモン&河内ビロドーの収まりの悪さを見た時も思ったけど、若い事よりも、老シモン&ビロドー司教の間に「かつての同級生」としてのつながりがバランスよく見えるかどうか、が重要なんだと思う。

が、二人の役者さんのキャリアや年齢が離れすぎていると、見ていてどうしても違和感が拭いきれない・・・。
「えー同級生??」とか、いちいち心の中でツッコミを入れてしまう・・・。

例えば芳樹リディの「魅力的なパリジェンヌ」と青木さんの「60手前の司教」の無理感レベルは本来は同じはずなんだけど、芳樹さんはOKで青木さんに違和感なのは何でだろう・・・囚人設定のなせる技??


「青木さん単体の老ビロドー」はいいんだけど、それがこの物語の一番外枠としてどう存在しているのか、が見え辛いままに終わってしまった・・・(泣)。



いくつか下の話題でさんざん書いたけど、LILIESって「老ビロドーに見せるための劇」なんだけど、劇中劇のビロドーはほんっとうにいっちゃってる子で、この人の40年後、を想像すると、これ位強烈な劇を上演する必要があると思う。

ニイロマツシンは激烈にラブってるコンビでニイロ芳樹は思い切りのいい囚人コンビなので、キスシーンの嫌がらせ度は歴代マックスだし、現在(1952年)においても同性愛は罪である世界において、司教であるビロドーに対しての攻撃度はこれ位やっておかないと!マツシン囚人には素っ裸でバスタブ浸かってビロドーに向かって立ち上がってもらわないと!と思う。
「ビロドーへの嫌がらせ」と、「確実に空白の時間を教えてもらう」目的を同時に果たそうとするシモンの気迫を感じる。


しかし。目の前にいる青木ビロドーが意外に静かに、来るべき時がついに来た・・・と思っているように見えたため、すごく混乱。
本物のビロドーは本当はこういう人なの?40年経って変わったの?
シモンは何故ここまでビロドーを憎んでいるの?いや、憎む理由は分かるんだけど、今目の前にいる人とそれが上手く繋がらない・・・。


今までのビロドー司教は、皆(って船戸さんと河内さんしかいないけど)目の前で始まる劇を拒否して始まる。
その一方で、シモンはやっぱりずっと自分の事を考えて生きてきたんだ!という後ろめたい喜び&これから待っているものへの不安を抱えてとりあえず席に座り続ける。
基本的にこの人はいつもキスがポイントで、キスシーンを見せられると封印したはずの嫌な記憶が蘇るらしく、キスシーンが入るたびに彼は40年前に戻っていき、バスタブで留めを刺されて、屋根裏で完全に記憶を取り戻し、そして語る・・・。


と思ってたんだけど、青木さんは劇を最初から受け入れているというか、なんか「待ってた」「自分が神となってしまった40年前を、今ついに言える時がきたのではないか」みたいな・・・シモンに断罪されたがっている人に見えた。


結果、いくつか下の話題から繋がるんだけど、石飛シモンが意外になんかすごい勝手な人に見えてきて困惑。

この青木ビロドーを見る限り本来はシモンが好きなあまりおかしくなっちゃった子なんだけど、それを図らずも引き出しちゃった自分、には全く気づいてなくて、劇もすごくビロドーへの悪意に満ちていて(←これは林さんの印象から)、そして今でもただ思い出すのはヴァリエと一緒に逝けなかった自分(←これは激烈ラブカップルニイロマツシンの印象から)への後悔だけで、ビロドーが大嫌いなのは自分の世界を阻まれるからであって本当はどうでもよくて・・・本来、LILIESラストシーンは、「40年前にシモンとヴァリエの神となったビロドーは、今度はシモンによって、生かされるという最も重い罪を背負わされる」形で終わると思ってたんだけど、この二人の場合は最後の最後まで全然かみ合わずに終わるんだ・・・という虚しさが残って終了・・・。

うーんLILIESは見て感じた事を説明するのがすごい難しい~。
今まで見て来たLILIESは、好きにせよ嫌いにせよ、シモンヴァリエビロドー3人の間にはちゃんと心の交流があって、それぞれに思いを抱き、それは現在も過去も同じ、というのが基本的な印象だったんです。
だから、「いやだ、ビロドー、絶対に」と「おれはお前が大嫌いだ」がすっと繋がる。

が、今回はそのお互いの感情がシモンとヴァリエ二人の間しか分からず、ビロドーだけ完全に別に見えて、それで混乱したのかも。

うーん。皆個々では良かったんだけどな~。
どうにも全体の印象がかみ合わない・・・どう見ていいのか困る(泣)。



何故に前回のキャリア差とか年齢差とか関係なくぴったり合ってた石飛・船戸コンビじゃダメだったんだろう・・・。
青木さん、普通にビロドーで復活じゃダメだった理由はなんだろう・・・。
林さんの囚人(強い感情に支配されビロドーを常に常に意識する囚人)がやるべき役はビロドーがベストだったんだろうか・・・。

逆に、あの林ビロドーと合う、現在ビロドー司教&シモンて誰がいるんだろう・・・。

色々まだまだ混乱中・・・。

★「LILIES」新納組。東洋人的見方。運命の相手。

さらにさらに スタジオライフ本公演 LILIES 新納組の感想の続き。

今回松本さんのヴァリエと関戸さんの伯爵夫人コンビが今までと全く違う見え方をして、それは多分LILIESとしては違うんだろうけどすごく面白かった。
二人は双子のよう。

関戸さんの印象はとにかく若い。リディに対して「若い」て言ってるけど、実は同じ位の年齢なんじゃ?(リディは「30代の魅力的なパリジェンヌ」設定のはずなので)と思う。
15,6才で何かよく分からない内にさっと結婚しちゃってヴァリエを産んで、いきなりロベルバールに置き去りにされて・・・みたいな人。

今回関戸さんもカサノボーさんも基本的に「全く狂ってない」基本設定で、特に関戸さんはみじめな暮らしをみじめと思わずに暮らせる方法を編み出して、本当は絶対多分帰ってこないであろう夫を気丈にヴァリエと共に待ち続ける、結構生命力もある前向きさの見られるお母さん。
台詞の勢いがいつもよくて、話す事で常に自分を鼓舞している印象がある。

「自分設定」に関して周りに何か思われる事は割とどうでもいい。ヴァリエと自分が分かっていれば構わない。←この点が前回のそぜっちとは違う。
自分設定の中で居心地よく過ごそうとしているんだけど、時々我に返り不安が押し寄せている。

彼女の魂は常にヴァリエと共にある。
関戸さんも松本さんも、見る前は「健康的すぎるだろうよ!」と思ってたんだけど、二人とも持ち味はそのままでこれ以上なくセッキーだしマツシンなんだけど、そのまま役に上手くはまったのが意外だったしすごくよかったと思った。

今回両チームとも、親子が「共犯者」に見えたんだけど、特にセッキーマツシンコンビはそう見えた。今までは「伯爵夫人の世界」がまずあって、そこにコミュニケートしにいく息子、という関係性だったと思うんだけど、セッキーマツシンは二人の小宇宙にいる。息子は初めからこの中に入っている。
二人とも本当はわかっていて、お互いに持って回ったコミュニケーションを楽しんでいるし、言い辛いことをうまく利用している。

LILIESはいつも「何故そこ?」て場面でうっと泣くんだけど(笑)、今回は関戸ママンが「あなたは卑怯者よ!お父様と同じだわ!」と言った瞬間に何故か涙目に。何でだろう・・・。

この二人は、もちろん全然違う人で、本人の意識としてもそれぞれきちんと独立した個人で、お互いに寄り添って愛し合って生きているけれども別にお互いを束縛したりする関係ではない。
そういう、本人たちの意識とかそういうのとは違う所で、運命として一対、に見えた。
説明しづらい・・・。魂の半身だから、二人そろってひとつ。

だから、ヴァリエの身に起きることは伯爵夫人の身に起きる事だし、伯爵夫人の身に起きる事はヴァリエにも起きる。

後から冷静になると、今回のマツシンヴァリエはド直球過ぎて、何でシモンを好きな事にここまで躊躇しないのか結構謎なんだけど、その一方でヴァリエがシモン(=男の子)を愛する事は必然に思える。むしろ何か普通に地元の健康的な女の子を好きになる図が全然想像つかない。

何て言うか・・・ヴァリエがシモンを愛する事はそのまま伯爵夫人が夫を愛している事とイコールというか。
↑本人たちの意識とは無関係に。
手紙とか婚約パーティとかバスタブとか、常に二人は何かが連動しているように見えていて、何を見てそう思ったのかはちょっと不明なのだが・・・うーん・・・。



きつね狩りに行く時に、伯爵夫人は別にヴァリエを置いてこうとも一緒に連れて行こうとも全然思ってないし、彼女の意志とは何の関係もなく、またヴァリエの意志とも何の関係もないところで・・ラスト、シモンが生きて、ヴァリエが死ぬのは必然に思えた。

シモンとヴァリエの運命を決めるのは、「神となった」ビロドーなんだけど、それとは全く別の力学が動いていて・・・運命としてもう決まってるというか、伯爵夫人がいなくなったから、当然ヴァリエもいなくなる、ように思えた。

何でそう見えたのかは分からないんだけど・・・。伯爵夫人は自分はパリに帰るけど貴方はこれから生きるのよ!て思ってるし、別にマツシンヴァリエは死のうと思ってないと思うんだけど。でも、本人の意志とは無関係に、運命としては魂の半分がなくなったら当然もう半分も連れて行かれる、ように見えた。

LILIESの見方としては絶対おかしな方向へ行ってると思うんだけど。何だかとっても東洋人っぽい見方だな~と思うし。


本来の新納チームでも上記の事を思ったのだけど、ソワレのチームミックスを見たらその思いはさらに強化された・・・。

新納シモンは普通にヴァリエを愛しすぎて苦悩しまくる人だけど、岩崎シモンはお父さんが「神」になっちゃってる、どこかが微妙に歪んで成長してしまった「父と子の物語」がメインの人だから。←ヴァリエを一番に考えてくださいよシモーン。


チームミックスは、シモンとヴァリエの物語でもなく、シモンとビロドーの物語でもなく「親子の物語」に見えた・・・。
インパクトのあるセッキー親子と、婚約パーティで「あんたは連れて行かない」と話す場面が劇中最も印象的なシモン。
今まで全く気にした事無かったけど・・・この二人は「母を幼くして亡くしアル中の父に結構無茶に優等生に育てられた子」と「父親に捨てられ母と二人身を寄せ合って生きてきた子」という対になる家族構成だったんだな~と初めて意識した。


彼等の運命はビロドーが決めているように見えるんだけど、実はそうじゃなくて、父をすぱっと切ったシモンは生き延び、結果的に究極の愛を捧げて魂の半分を失ったヴァリエは消え去る事になる。
ビロドーが自分で決めたと思ってるけど違うんだよ。みたいな、それってどういう東洋的感覚?な全然違う話に見えてたのであった・・・。

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サクラサクラコ

Author:サクラサクラコ
劇団Studio Life(スタジオライフ)の話題のみを無理矢理続ける日記です。
所属俳優:前田倫良氏(勝手につけた愛称「ミッチ」)を本人のあずかり知らぬ所で熱烈ひっそり応援中。

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