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閑古鳥日記

劇団Studio Life(スタジオライフ)所属俳優 前田倫良さんと、ライフのみの話題を無理矢理続ける日記。

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★「LILIES」再々演。バスタブは何故出てくるのでしょう。

未だ続くスタジオライフ再々演「LILIES」感想シリーズ。
今回は特にネタバレしているので、「今回見られなかったけど次回こそ見たい!」という方はスルーしてくだいませ。



毎回あらゆる意味で色々引っかかるバスタブ。

・・・「引っかかる」の内容は、感想の一番最初に書いた「バスタブマット変更」「シモンが階段2段しか上がらない」とかも含めてだけど(笑)!

いや、だってあの話の中で突然バスタブが出てくるのって流れとして不思議で。
だから、誰かにとって、なのか、LILIESという話にとって、何か重要な意味があるんだろうと思うんだけど、毎回色々思う事が違っていて、未だ色々分からないです・・・。


初演でバスタブが出てきた瞬間に思った事は、「この時代のカナダの田舎において、バスタブが無いという事の貧乏具合はどの位??」。
さらなる貧乏度のダメ押し表現??
逆にバスタブがあるのは珍しくて、フランス時代は割と裕福だったのよ~の意味?

あと、これは毎回疑問なんだけど、ドア開けてすぐ見える位置にヴァリエがいるって事はどんだけ狭い家なんだ!という表現なのか、演劇的にそういう事になっているお約束なのか、気になる・・・。

総合すると、初演時はこの後の展開を知らないので、バスタブを見て「ティリー家の貧乏具合」について最も思いを馳せていた訳です・・・。


再演では、そもそも「バスタブ場面」は一体何のために入っているのか??がすごく気になった。
冬はものすごく寒いらしいので、うっかり冬にしかビロドー司教の時間は取れませんとかなったらヴァリエ役の囚人は確実に肺炎で死にそうな危険を冒してでも、本物の水を出す事には何か意味があるんだろうと。←いやもちろんシモンは用意周到に季節を考えて呼んだと思うけど。
そして同じ理由で現実においてもLILIESの上演は真冬はないだろうな~と思うけど。


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そして、こんなに初演再演の話を延々しているのにも関わらず、今回初めて、重大な台詞を聞き逃していた事が判明。

今まで伯爵夫人が「パリへ帰る」のを決めるのは、
初演を見た時は・・・泥ケーキ
再演を見た時は・・・「もうこれ以上望むものは何もないわ」
だと思ってた。

が、今回初めて「わーいバスタブ♪」とヴァリエが喜ぶこの場面冒頭にて「それだけじゃないのよ。明日きつね狩りに行きましょう」みたいな事を言ってる事に気づく。


ここでもう決めてたのか!!!!
何故今まで聞き逃していたのか自分!!!ヴァリエと同じ位聞き流してたよ!!

・・・という事で、今回の新たな謎は
伯爵夫人にとってのバスタブは一体何を現しているか。です。

前回はバスタブ場面自体の意義、をすごく考えたんだけど、クリスチャンの方から教えていただいた「水を浴びる=洗礼」のキーワードでものすごく納得して。

伯爵夫人にとっても基本ラインは同じなんだろうとは思うんだけど。
(前回は「シモンにとって」と「ヴァリエにとって」水を浴びるという行為が何を現しているのか、を考えたのです。)


彼女にとっては「お誕生日おめでとう♪」はバスタブときつね狩りがセットって事で、それは、何を表しているんでしょうか。が今回新たに考えた謎。

「パリへ帰る」はいつから決めていたのか。それは何故この日なのか。そこにバスタブが出てくる意味は。

ヴァリエの年齢がやっぱりキーなのかな。普通に考えて。
彼女基準だと19才は何か重要な意味があって、彼の誕生日に合わせて前々から自分の中では決めてたとか。
彼が大人になり、と同時に私のような老木は消え去るわ。という気持ち?

私は宗教的な素地が全く無い人なので今回異様に東洋っぽい感じになってるんだけど・・・「水」は基本的にどの世界においても「リセット」する「清める」ってイメージがあるから、伯爵夫人にとっては「大人になる前にヴァリエをもう一度生まれ変わらせる=バスタブにて水を浴びる」→「翌日自分は別の世界に旅立つ」という流れなのかなと。

どっちも生きてるけど輪廻転生的な感覚で。←特にセッキー親子で思った事だけど。
生まれ変わった息子に今度は自分が別の世界に送ってもらう。と。

だから、伯爵夫人にはバスタブじゃなくてもいいんだけど、ヴァリエをもう一度生まれ変わらせる儀式、が必要だったのかなと。


普通に考えたら自分の息子に自分を殺せとお願いするんだから謎すぎる行動だけど、LILIESという作品世界において、伯爵夫人とヴァリエの関係性においてはすごく理解できる流れだなと今回思った。
そう思った自分が大人になったな~とも思った。大人、というとちょっと違うけど。
私きつね狩りはやっぱり今回も最も号泣ポイントで、最後に見たカサノボー村上親子に号泣してた訳ですが・・・過去見てた時は、やっぱり伯爵夫人に反射的に「ずるい」て思っちゃったりしてたし。


シモンが来る事までを、そしてシモンがどう出るかまでは想定していたかどうかは分からないけれども。
結果として伯爵夫人にとっては一番望ましい事で、だから「これ以上望むものは何もないわ」なのかなと。


ティリー親子は虚構の世界を二人で構築して共有する事で、本質的な世界を生きている。
そこに、世の中の常識とか良識とか色々を背負ってさんざん苦悩して逃げようとして、でもやっぱり自分にとっての本当を選んだシモンが登場することで、シモンもまた生まれ変わる。

で、そこで「聖セバスチャンの殉教」台詞とリンクするのかなと。


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LILIESという作品はというか孤児ミューもそうだからブシャール作品は、何て言うか皮膚感覚というか触覚に訴えかけてくる作品という印象が私の中にあります。水や土が出てくるとかもあるのかもだけど。

だからやっぱり、今までで一番ここのバスタブ~きつね狩り~屋根裏の親子の感覚が理解できた気がするんだけど、でも、何か他の方法で死ぬ手段は無かったの~っとどうしても思うのであった。

だって首絞めるんだよ~。
いくら本人同士分かってやっているとは言っても凄まじい負担がヴァリエにかかる・・・多分彼は自分の手の感覚から逃れられないのではと思うんだけど、その割に今回の二人のヴァリエはその後のダメージがあんまり無い・・・という事は二人とも本当に母親の事理解&信頼&守ってたんだな~と思う。

凄まじすぎる親子だ・・・様々なしがらみや常識の中で、本質的に生きようとする事はそれだけ壮絶だという事なのでしょうか。


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あと単純にやっぱり、バスタブシーンって自分の「引くか、引かないか」ギリギリ場面なので(笑)、どこに集中すると自分内でOKなのか探りながら見てる・・・。
が、さすがに再々演ともなるとある意味見てる側も慣れるもんだな~とか思いました。

正直言うと、1回しかお稽古してない事は見終わってから知ったが、大して稽古してないであろう事は当然予想がついていたミックスユニベールチームは単純に何か事件が起きないか緊張したしね(笑)。←過去観劇のトラウマのせい・・・。

相手の大きさが大して変わらないマツシンはともかく、岩崎さん(相手がいきなり小さくなっている)は心なしかバスタブ内位置取りが途中で「何か遠い?」とか思ったのか調整図ってる?とかうっかり思う位殆ど「研究」になってた自分が憎い(笑)。
ここは「ヴァリエ良かったね~(泣)」とガンガンはまりにいきたい所だったが。

ま、そんな訳でLILIESは何回見ても、何かが解決した?気がしたり、新たな謎が増えたり、面白い戯曲だな~と思いました。
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サクラサクラコ

Author:サクラサクラコ
劇団Studio Life(スタジオライフ)の話題のみを無理矢理続ける日記です。
所属俳優:前田倫良氏(勝手につけた愛称「ミッチ」)を本人のあずかり知らぬ所で熱烈ひっそり応援中。

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